
東京大学医学部薬学科卒業。慶應義塾大学薬化学研究所講師を経て米国コーネル大学化学科にフルブライト留学。北里大学薬学部発足と共に教授と して赴任、薬化学教室を主宰。平成5年定年退職して北里大学名誉大学教授となる。趣味は写真、各地に残る江戸時代の人々の足跡をたどる散歩など。
人はこの世に生れた時から成長と加齢(aging)をつづけて、確実に老化して行きます。現在では、抗加齢医学会ができて、アンチエイジングという言葉は日常語になりました。アンチエイジングという言葉は大変勇ましくてよいのですが、人は必ず加齢します。しかし、暦年令に比較して生物学的年令が少しでも若くなるように努力しようということで、私は「エンジョイエイジング」という言葉を使うことにしました。加齢を遅らせながら、人生を楽しもうというのが目的です。
今回は、美容におけるエイジングの鍵をにぎる「シアル酸」についてお話します。人間の身体を構成する細胞の表面の脂質やタンパク質などは糖鎖が結 合していて、その末端には「シアル酸」がついています。赤血球膜では膜表面の糖脂質の末端にある「シアル酸」が外れると、その赤血球は老廃物となってしまします。つまり、「シアル酸」は赤血球のエイジングをコントロールしているということになります。
また、内蔵の細胞ではそれぞれの臓器の用途に応じた働きをしていますが、例えば、胃は強力な消化酵素と強酸性の胃液で簡単に溶けてしまうはずですが、不思議なことに溶けてなくなることもなく、ちゃんと機能しています。これは「シアル酸」のポリ重合体が胃の内壁を保護しているからです。
「シアル酸」は、そのもの単体では緩和な作用があるだけで、いうなれば「スター選手」ではありませんが、「シアル酸」なしには人間は生きて行け
ないのです。ドイツの有名な「シアル酸」研究者のシャウアー教授も、「シアル酸」は生命現象の第3の言語であると言っています。
「燕窩(えんか)」の成分である糖タンパク質には、細胞を活性化し、お肌にハリと潤いを与える効果があり、世界的にも注目されています。
私がシアル酸の研究を始めたのは1970年代後半です。研究に必要なシアル酸の原料はたいへん高価だったため、横浜中華街で食材として売られているアナツバメの巣を砕いたものを買いこんでは、研究室に持ち帰っていました。ところが、実験に必要な量は相当なもので、10箱、20箱と買い続けるうちに、あっという間に品薄になり、値段が当初の30倍近くまではね上がった時期もありました。
現在なら、アナツバメの巣に頼らなくても、合成薬などが安く手に入りますが、当時はそんなエピソードもあったということです。それはシアル酸研究に限らず、科学や医学の分野では共通の悩みだったのかもしれませんが、私にとって、アナツバメの巣はシアル酸の研究にはなくてはならないものでした。